
佐藤 章子(さとう あきこ):
ハウステージ有限会社代表。
CFPと一級建築士の資格を生かして住まいと暮らしのコンサルタントとして活躍中。
戦後、集合住宅での暮らしが一般的になりました。、特に都市部では、なかなか一般の人が戸建住宅を取得するのは困難になりましたです。また、都市部には若者が大勢集まりますので、単身用のアパートも多く建てられました。一つ一つの住戸が閉鎖的な構造の集合住宅で、「隣は何をする人ぞ」のように、干渉されない気楽な生活を謳歌(おうか)してきたとい言えます。しかし、新築マンションに入居当時は、誰もが若かったけど、次第に住民全体が高齢化し、一人ひとり暮らしの高齢者がの増加といった人知れず亡くなるなどが社会問題化し問題から、ふれあい社会が見直されつつあります。家族という単位の次に、ご近所や町内という単位で、互いに助け合って生活していた先人達たちから、我々私たちは何か学ぶものはないのでしょうか。
●長屋の暮らし
江戸時代の9尺2間の裏長屋(間口2.7m程度、奥行3.6m程度)、つまり今でいう6畳が1軒分のスペースでの暮らしは、現代の日本の住まいからすれば、極貧の暮らしに見えるかもしれません。しかし、そうした長屋暮らしには、現代のコレクティブハウスにも匹敵する「共に暮らす」生活がありました。医療が今ほど発達していなかった当時は、親と死に別れた子供や、子供に先立たれた老人も少なくなかったと思われますが、誰か彼かが世話をし、納まるべきところに納まっていたようです。
長屋という大家族ともいえる環境のおかげで、子供もひとり暮らしの老人も大勢に守られて暮らしていけたのかもしれません。長屋という家族に似た共同体が、実にさまざまな機能を果たしていたと言えます。「大家といえば親も同然、店子は子も同然」という言葉があるように、経験豊かな大人が常に若年層の相談に乗っていました。味噌や米を貸し借りし、親の帰りが遅ければ、小さな子供はどこかの家庭でご飯を食べさせてもらい、家族が薬代のために日中働いていてひとり残される病人がいれば、近所の誰かが気にして様子を見てくれ、夫婦喧嘩には近所の仲裁が入ったり…。長屋の生活は、貧しくとも案外幸せな暮らしにも思えます。
一方現代は、親が寝たきりになれば、家族の介護は大変。仕事をやめたり、ストレスを抱え、相談相手もなく孤立したりするケースも珍しくないでしょう。また、高齢者だけで暮らす不安も多くなります。これからの時代、江戸時代の長屋のような、何かしら家族の次の段階の共同体のようなものが必要なのかもしれません。それが、向こう三軒両隣なのか、マンションの管理組合なのかわかりませんが、いずれにしろ家族以外に気にしてくれる存在があるということは心強いのではないでしょうか。ご近所見回り隊のような活動も報道されたりしますので、このような考え方も、少しずつ広がりつつあるようです。
●建築基準法上の長屋
現在も「長屋」という言葉があり、建築基準法上の定義があります。その定義による「長屋」と「江戸時代の長屋」を比較すると面白いものがあります。建築基準法上は、「共同住宅」と「長屋」ははっきりと区別されています。長屋とは、テラスハウスのように、各住戸が直接道路などに面しているもので、共同住宅のような共用の階段や廊下等を有していないものとされています。1階と2階が別の住戸である重層長屋の場合も、2階住戸は専用の階段を持っていいなくてはならず、2階の住戸が2つなら、階段は2つ必要となります。
江戸時代の長屋も、基本的にはテラスハウスですが、木戸の中のスペースにはそこそこの広さもあり、道路に通じる空地として、道路に順ずる場所でもあります。しかし、そこには共同の井戸(水道)があり、トイレがあり、水道や下水道は定期的に協力して清掃していたようです。一間しかない住まいを考えれば、ある意味では共有のリビング、共有の庭で暮らしていたとも言えます。同じ「長屋」という言葉がつけられていても、むしろ閉鎖的な現代の定義と比較すると、江戸時代の長屋の暮らしとはだいぶ異なった様相を呈しているようですね。
●長屋の暮らしに学ぶ
今後私たちが、6畳一間に家族全員が暮らす生活に戻るとは考えにくいでしょう。しかし、青少年の犯罪や高齢化問題、仕事と子育ての問題、雇用形態の変化による不安など、現代のさまざまな問題をかんがみると、長屋のようなふれあいのある生活の良さは、現代に大いに活かすべき部分ではないかと思います。住まいそのものは、地球環境保全や防犯などで、気密度を高めています。マンションであれ、戸建であれ、独立性の強い構造の住まいにあって、住み手は強く意識をしなければ自然と孤立してしまいがちです。かといって、江戸時代の長屋のようなシステムや、代々住み続けて村社会が出来上がっているわけではない現代は、新しくコミュニティを作り上げるのは簡単ではないでしょう。特に新築マンションの場合は、新しく移って来た人たちだけで構成されます。長屋には長屋の暮らしのルールが、村には村の暮らしのルールがあったように、現代人は無から新しいコミュニティを作り出す能力を実につける必要がありそうです。
これからの時代は、いろいろな意味で「地域の時代」といわれています。今までと違って、入居者同士が顔を意識的に合わせる造りのアパートやキッチン共有のアパート、ルームシェアなど、単なる建築的な集合住宅に住まうのではない、「共に暮らす」をテーマにした賃貸住宅も登場し、人気を集めているようです。やはり私たちには下町や昔の長屋の暮らしに学ぶ部分も多いのではと思います。
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