
佐藤 章子(さとう あきこ):
ハウステージ有限会社代表。
CFPと一級建築士の資格を生かして住まいと暮らしのコンサルタントとして活躍中。
住む町も、人によって好みが表れるようです。もちろん学校や職場への便もありますが、下町好み、ベイサイド好み、中央線沿線好み・・・と、住む町から結構人柄もだいたい分かってしまいそうな感じがします。最近では、以前はあまり人気のなかった下町の付き合い方も見直されつつあるようです。核家族で近隣に対して閉鎖的な従来のスタイルが、現代の日本の実情に合わなくなっている結果だと思います。
●下町の付き合い
以前、中央区在住の人たちの集まりに参加していたことがありました。女性だけの集まりで、多くは区内で古くから事業を営んできた人たちでした。長く第一線で仕事をしてきた、私よりも年上の先輩方の話が楽しみで、区内在住でもないのに時々参加していました。先輩方の話の中に登場する「○○町の誰々」といった呼び方は、まさに江戸時代の地域社会をほうふつさせるものがありました。
もともと中央区は、埋立地を除けば本当に小さな区です。したがって、小さな区画ごとに、昔ながらの町名が残っています。お互いに気遣い、昔ながらの連帯感の中で暮らしていけるのは、うらやましく非常に贅沢な感じがしました。特に老後の暮らしには、こうしたコミュニティが心強いに違いありません。
近年、大都会に人口が集中したせいで、いずこも新しく移住してきた人たちであふれ、地域社会の厚みはありませんでした。しかし、それも世代を重ねるごとに変わってくるのではないでしょうか。子供の安全やしつけ、防犯・防災に地域が果たす役割は増し、良好な地域社会の形成はそれぞれの住民にかかっていると思います。長屋のような、より小さな単位でのコミュニケーションを充実させるのが理想だと思いますが、どうしたら現代社会の中で実現できるでしょうか。
●コミュニケーション重視のアパート
持ち家の一戸建て住宅やマンションだけでなく、単身用の賃貸アパートにも、コミュニケーションを重したコンセプトのものが登場しつつあります。一般的な単身用アパートといえば、住戸が一直線に並び、朝の出勤時のタイミングがあえば隣人と顔をあわせるくらいで、よほど人付き合いが好きな人以外はあまり関わらないのが一般的だと思います。しかし、最近では住民同士が顔を合わせやすいように中庭に面して住戸や玄関を配置したり、キッチンを共同にしたアパートも登場しています。せっかく同じ建物に暮らしているのですから、それを楽しまないのはつまりません。
また、これからの時代を考えると、親が子供を都会の大学に通わせるのに、フル装備のアパートでは負担が大きすぎるのではないでしょうか。大学付設の寄宿舎や地方出身者のための学生寮などもありますが、若い時代をよりリーズナブルに、しかし精神的に豊かに暮らせる住まいは、親の生涯収支や子供の成長の面からも、改善の余地がありそうです。よしばしば「同じ釜の飯を食った仲」などといいますが、同じ寮で暮らした仲間は一生ものになるのではないでしょうか。
●ルームシェア
以前は、地方出身者が上京して住むところといえば、風呂なしは当然、トイレも炊事場も共同というところも珍しくなかったように思えます。公団住宅の単身用といえば3畳に40cm程度のタンス置場がついているだけで、小さなキッチンはあるものの、トイレは共同でした。それが次第に贅沢になり、学生でも風呂無しは敬遠され、しかも風呂もトイレと一室のいわゆる3点セットは嫌われ、トイレも単独のものになりました。
しかし、最近ルームシェアやキッチン共同のアパートが、新しいトレンドとして登場してきています。昔は、貧しさの象徴であった「共同」が、今や、新しい豊かな精神性のある暮らしのための「共同」に変わってきました。もちろん経済的なメリットもあるかもしれません。低成長時代に派遣社員などで働くことを考えると、住居費にお金を掛けるのはリスクが大きくなります。それでなくても、東京の賃貸価格は高額です。しっかり人生設計を立て、無駄を省いて貯蓄を殖やす。多様な人生設計の一環としての積極的選択であるから、そこには惨めなイメージはありません。むしろ、共に暮す豊かさの方に重きがあるでしょう。
平均的な中流日本人像の存在が失われ、格差社会といわれる時代…。個人の責任の下に人生設計をしっかり立てた上で、さまざまなリスクを低減し精神的に豊かな暮らしの実現をめざす必要があるでしょう。そのためにも、私たちは新たな「共に暮らす」スタイルを模索していかなければなりません。ちょっとうっとおしい部分もあるかもしれないけど、下町にあるような雰囲気の地域社会は、そのためのヒントとなると思います。
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