
佐藤 章子(さとう あきこ):
ハウステージ有限会社代表。
CFPと一級建築士の資格を生かして住まいと暮らしのコンサルタントとして活躍中。
日本の住まいは、障子やふすまで仕切られており、ふすまを取り払えば広い空間を確保できるように、目的に応じて空間を使い分けることができました。また一つの部屋も、卓袱台(ちゃぶだい)を出せばダイニングに、卓袱台(ちゃぶだい)の足を折りたたんで片付ければそのままリビングとしてだんらんの場に、布団を敷けば寝室にと言うように、多目的に使いこなしてきました。便利で楽なベッドや椅子の生活となったことで、各室の独立性が高まり、住まいのあり方は大きく変化しました。しかし一方で、室内は家具であふれるようになり、一家族の住まいで上下の音にも神経質になる現状は、何か大切なものを失った気もします。高度成長期が終わり、新たな時代を迎えた日本の社会にあって、住まいのあり方を模索する上で、これまでの日本文化の中に何かヒントはないのでしょうか。
●空間としての「間」
空間を表す「間」のつく言葉としては、茶の間・居間・床の間・仏間・客間・板の間、あまり使いませんが寝間などがあります。8畳間とか8畳の間のようにも使います。また、「間」という言葉がつかない空間としては、台所・玄関・押入・風呂場・洗面所・○○部屋(子供・女中)などがあります。
これらをよく眺めると、「間」「所」「場」「部屋」とそれぞれ最後につく言葉によって、その空間が特徴づけられるように思えます。言語学者ではないので、確定的なことは言えませんが、「部屋」はまさに室・roomで、「所」や「場」はplaceに近いのではと思われますが、「間」は適当な英語の言葉が思いつきません。仏間・客間・板の間はともかく、茶の間は単なるお茶を飲む部屋ではありません。ダイニングであり、リビングであり、夜には寝室にもなったりします。英語のliving room は、a room in a house for general everyday useとあり、居間に近いですが、「間」となるとうまく訳せそうにありません。しかし、この「間」にこそ、日本の住まいの特徴が凝縮されているように思います。「間」は、住み手が暮らしを描き加えるために用意された間(=余白)のような気がします。
●茶の間
「間」という概念にもっとも近いのが、茶の間の「間」ではないかと思います。リビングであり、ダイニングでもあるのですが、それでは食事をするところ、だんらんするところであるかと言うと、それだけでは「茶の間」を十分に説明しきれたとは言えず、なにか足りません。先程の general everyday use も時間や頻度のようで無機的な感じがします。では本年から日本の文化として、何度となく取り上げてきた「余白」はどうでしょうか。
以前窓は間戸だということをお話しましたが、柱と柱の間(あいだ)のように、間は基本的に空白部分であり、しかもそれに特別な意味を持たせているのが、さまざまに使われている日本の「間」という言葉です。それでは「茶の間」の空白の意味は何でしょうか。それはまさに何もしない、何も規定しない、ということではないかと思います。卓袱台(ちゃぶだい)を片付ければ、指示性のある家具で規定されません。空間の使い道が一人一人にゆだねられ、余白が生まれるのです。
私は常日ごろ、「さあ、だんらんしましょう」という感じのソファーセットやその基本的な配置のイメージ、室内全体のスペースとの関係に疑問を持ってきました。「さあ、だんらんしましょう」でだんらんができるものではありません。そもそも狭い部屋で顔を突き合せるのは、うっとうしいものですし、さっさと子供部屋に引き揚げたくなって当然です。畳の部屋には戻れませんが、家具中心でない、家族の居場所をリビングのあちこちに配置すると、家族が互いに気配を感じながらただそこにいる、思い思いのものに没頭する・・・そうした「間」ができるのではと思います。こうしたことが、今後の住まいにとても大切な気がします。
●靴を脱ぐ暮らしが持つ可能性
日本の住まいは靴を脱いで生活します。どんなに生活スタイルが欧米化しても、このことだけは当たり前のように変わらず日本の暮らしのスタイルとして守られてきて、今後も変わらないと思います。日本人にとって靴を脱いで生活することは、あまりに当たり前で、議論にもなりませんが、ベッドやテーブルと椅子の生活を抵抗なく受け入れた日本人は、なぜ靴を脱がない生活には見向きもしなかったのでしょうか。靴を脱いで生活する良さに満足していると同時に、靴を履いて生活することを想像することによる不快なイメージのためではないでしょうか。雨の多い気候のためもあるかと思います。
また、床の仕上げにも日本人はこだわりがあるようです。一時期、カーペット仕上げが流行しましたが、たちまちフローリングに戻りました。フローリングには、ワックスやそうきんをかけて、常にきれいにしている家庭も多いでしょう。だからいつも清潔で、どこにでも床にゴロッと横になれます。畳の部屋であれば、イグサの香りとさらっとした感触が心地良いはずです。ソファのような対人家具があるところだけが居場所というわけでなく、床面の何処もフルに活用できます。この点を現代の「○LDK」の住まいに、上手に生かしていくとよいのではないでしょうか。
戦後の高度成長期には、画一化された「○LDK」の住まいでも良かったかも知れませんが、格差社会、多様化の時代には、余白としての「間」を確保し、その家族の生活スタイルに応じた暮らしを作り出すことが大切なように思います。今後も、首都圏では一つの住戸の面積を広くすることは難しいと思います。だからこそなおさら、日本の住まいの「間」、靴を脱ぐ生活のメリットなどを再認識して、新たな「間」を作り出したいものです。
「間」という言葉から「茶の間」の「間」、床面をフルに使える靴を脱ぐ暮らしまで…これらは、これからの住まいや暮らしに大切なヒントを持っているようです。いつか再び追及してみたいテーマです。
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