
佐藤 章子(さとう あきこ):
ハウステージ有限会社代表。
CFPと一級建築士の資格を生かして住まいと暮らしのコンサルタントとして活躍中。
建築に関する祭祀はいろいろあり、地方によって独自のものもあります。地鎮祭と上棟式が代表的なものですが、実際は祭事とまでいかなくても、祈願やお祝いの気持ちを込めた手続きや儀式がいろいろあります。また、契約に始まって、着工、地鎮祭、上棟式、引渡し、完成披露まで、日柄にこだわる方もいます。
では、祭事に疎く、さりとて無視するのもはばかられ、かといって形式的におこなうのも無意味だ・・・と、戸惑う場合はどう考えたらいいのでしょうか。
●自然な感情を大切に
住まいの建築は一生に一度、大金を投じての大仕事と言ってよいでしょう。一つ一つの課程や手続きは慎重に取り組まなければなりません。例えば、建物の建築の請負契約を工事店と結ぶ場合を考えてみましょう。間取りや仕様を吟味し、見積りをチェック、条件や課程をクリアして、ようやく契約にこぎつけ…。疲れのたまる時期ですが、契約はそれまでの段階を全て再確認し確定する時です。その日程を慎重に決めたいと考えるのは自然ではないでしょうか。それは昔からの暦の上での良い日柄でなくても良いと思います。「自分たちにとってきちんと契約に臨める日を決めて、しっかり契約内容や約款を確認して契約する」、そんな気持ちをそれぞれの節目に表現すればよいと思います。
初めてその土地に住むのであれば「その地域の一員に加えてもらう気持ち」、工事は多くの迷惑を近隣にかけますので「そのお詫びや感謝の気持ち」、建物の棟上げが終わって大工さんは一安心しますので、それを「共に分かち合う気持ち」、完成披露は「工事に携わった人たちへの感謝の気持ち」や親しい方、近隣の方々への「工事中の配慮への感謝、これからもよろしくと言う気持ち」など、祭祀の有無やその形ではなく、その時々の自然な思いが大切だと思います。それを表現するために祭祀やその形があると考えればよいのではと思います。そもそもの祭祀の成立も、そういった感情を表現したものであったはずです。
●地域に加わる
都会の土地は過去に何度も建て替えられていて、建物を新築するのに基本的な問題がほとんど発生しません。しかし、ちょっと郊外に出ると、少し前に畑だったり川だったりした土地であることも少なくありません。
古い井戸が埋まっている場合もありますし、仮に公図等に水路が敷地内を通過するように書かれていた場合は厄介です。水路はその敷地内だけで完結するものではありません。流れてくる元があり、流れていく先があります。全く跡形のない水路でも、水を利用する権利は存在していたはずで、今どうなっているかを確認する必要があります。建て替え時に私道を通っている排水溝や下水管の使用許可書を近隣の所有者から取り付ける必要がある場合など、土地に手を加えるということは、自分の敷地だけの問題だけに限りません。まさに地域の一員に加わるということです。
●工事現場は神聖な場所
昔は、代々の祖先が丹精し育てた大木を山から切り出し、数年ねかせて柱や梁に加工していました。数十年、数百年丹精し、山で生きてきた木を自分たちのために使う・・・さぞ神聖な気持ちになったと思います。現代はこのような過程を身近に感じることはできませんが、使う木材はやはり山で生きていたのです。そう考えると工事の過程はなにやら神聖なものに見えてくるのではと思います。日本人が持つこのような感覚は大事にしてもいいのではないでしょうか。
また、工事には危険がともないます。工事現場では、さまざまな工具や重機が使われ、釘や鋭利な金物も少なくありません。もちろん安全確保は工事店の重要な任務ですが、自分の住まいの工事でトラブルがあったら気分の良いものではありません。やはり安全に工事が進むことを願うのは自然な気持ちだと思います。工事中の建物は、安全のために緊張をともなう場所ですし、出入りする場合は許可を得て安全への充分な配慮が肝要です。古くからの祭祀は、最初に儀式ありきではなく、こうしたさまざまな背景を踏まえた上での存在なのだと思います。
都会では、さほど祭祀にこだわりません。住宅メーカーでも、施主の希望がなければ特に祭祀は執り行わないようです。不要と考えれば祭祀にこだわる必要はありませんが、上記のような「気持ち」を持つことは大切なのではと思います。それは工事を安全に、そして滞りなく進める上でも、これからの地域でのおだやかな暮らしの面からも、大切なものではないかと思います。この機会にその土地に伝わる祭祀などを調べてみると、都会でも意外な発見があるかも知れません。
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